ワーママの華麗なる逆襲

時短勤務&営業職のワーママによる、育児や時短術・ダイエット等体験談を綴るブログ。3歳の息子は超活発なのに熱性けいれん持ちのアンバランスなヤツ(笑)。一人でも多くのワーママを笑顔にできることが私の幸せです。

【35歳営業職都内ワーママ、ブログ始めました-②】自己紹介!こんな人がブログ書いてます。

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前期の記事に続き、この35年間を振り返りつつ、自己紹介を兼ねて綴っていますが、今回はその第2弾。

小学校から中学校時代までです。

 

小学校時代

小学校は6年間と長いので、色々な出来事がりました。

 

低学年時代、男の子と対等にやり合う

相変わらず男勝りな性格で、まだまだ男にも力で負ける気がしない、そんな奴でした。

当時、好きな男の子がいて、休み時間か何かに手を繋いでぐるぐる回って遊んでいた時のこと。遠心力が強すぎて、思わず手を離してしまいました。するとその男の子は

廊下に置いてある給食台(給食を配るときに寸胴鍋などを置くための横長の台のこと)に後頭部を直撃!

「ヤッベェ…」と思いましたが時すでに遅し。その子は大泣き。周りの子も、「〇〇ちゃん、ひどーい」「怪力〜」と騒ぎ立てました。でも私が1番ショックなのはそんな外野ではなく、その男の子に嫌われてしまったこと。ショックだったなぁ…

 

別の男の子の話。隣の席に座っていたんですが、ちょっとしたことで口喧嘩に。

そしてその子が「はぁ〜?」とムカつく顔で言ってきたので、私も負けじと

「(息が)くせーよ(実際臭くないのに)」と言った次の瞬間。

突然目の前が真っ暗になり、鼻がツーンと痛くなりました。

そう、顔面を近距離で思い切り殴られたんです。しかもメガネを掛けていたのですが、そのメガネもグニャングニャンに壊れてしまい…

もう痛くて痛くて…。でも、悔しいからそんな素振りは絶対に見せられません。

「痛くねーし」とか言いながら多分涼しい顔を装ってたけど、実際涙目だったと思います><

めっちゃ痛かったのを覚えてます。でも私もかなり生意気で、ひどいやつですね(笑)

 

また別の話。これは同性の子の話です。

特定の子と3人でよくつるんでいました。(AとBとします)

Aはどちらかというといじめられキャラで、Bによくからかわれていました。

私がそこへ加わって遊ぶように。そしてAを2人でいじめる。最初はソフトに冗談でやってたんですが、だんだんエスカレートするのが人間の性><

無意識のうちに、Aに暴力でいじめるようになってしまいました。そしてある時ついにAが父親と共に私の家に殴り込みに来てしまったんです。

「うちの子を殺す気ですか?!」と。握り締める手がワナワナ震えていたのを鮮明に覚えています。

ただ、その当時はあまり悪いことをしたという自覚がなく、「さーせーん」くらいの気持ちだった気がします…orz

 

はたまた別の男の子の話。この子はやんちゃで有名な子で、ある日下校途中、何もしてないのに目の前にサッカーのボールを蹴ってきました。幸い、雨が降っていた為傘をさしていたのでモロに当たらなくてすみましたが。

 

 

 

このように、男の子と張り合うように強がったり、お友達に無自覚のうち暴力を振るってしまうような、乱暴な子供だったのです。

 

勉強そっちのけでのめり込んだ漫画と夢

小学校は漫画三昧と言っていいくらい好きでした。

きっかけは、小1・2年の頃書店で見つけた「あさりちゃん」。

 

それからどんどん漫画が好きになり、当時「なかよし」で連載していた

「ミラクルガールズ」という作品。これが大大大好きでした。その後アニメ化され、主題歌のCDを買ったりして。

次にハマったのが「レイアース」。基本的にりぼんではなく、なかよし派だった(当時は圧倒的にリボンが圧制でした)ので、その同時期流行って居たセーラームーンももちろん好きでしたが、やっぱり1番はレイアースでした。

作者のCLAMPさんが好きで、他の作品も単行本を買って読むほど。

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ちょうどこの頃は、漫画家になりたいとかなり本気で思って居て、暇さえ得れば漫画を書いて居ました。キャンパスノートにぎっしり。

勉強しているふりしていつもコソコソ書いてたので、勉強のできない子にな

って行きました(笑)

 

優秀な兄、弟

兄ははっきり言って勉強「は」できました。(「は」と強調したのは、それ以外は基本ダメダメだからです汗)

一応、◯橋大学を出ています。

3つ違いなので小学校では3年間ほど重なり、よく先生たちに

「兄貴は勉強できるのになー」とからかわれたものです。

当時は特に算数が苦手だった私。算数の強面の先生がいて、兄の頃を可愛がっていたようですが、私は見た目からしてもう怖かったので、見かけると逃げてました(笑)

弟もしかりで、兄と同じ地元で1番の高校に進学しました。

私はランクを下げたにも関わらず、落ちる始末…

その後弟は大学で獣医学部を専攻し、今では立派な獣医さんに。

 

そんなこんなで私は「落ちこぼれ」状態。

すっかりそんなキャラなんだと自覚を持ち育ちました。

 

友達との下校時間が楽しかった

小学校の頃、帰る方向が一緒でいつも途中まで下校していた同級生がいました。

毎日のように、女3人で喋り倒して、道端なのにバカ笑いして。。そんな何気無い時間が本当に楽しかった。今思い出しても、私にとってとても尊い、大切な時間だったと思います。よく創作お芝居とかしてました。

 

グループの中で順番にいじめ対象になる、という摩訶不思議な状況

小3・4年くらいでしょうか。いじめが流行った(?)時期がありました。

6〜7人くらいのグループに属していた私。1人リーダーの子がいて、その子が「次はあの子ね」と標的を定め、それ以外の子は対象の子を無視するなどしていじめていました。程度としては軽度だと思いますが、小さい子供にとって、仲間はずれは堪え難い苦しみです。

私も順番が回ってきましたが、その時、子供ながらに決めていた信念がありました。それは

「1度でも休んだら次に登校することができなくなる。だから何があっても休まない!逃げない!」ということ。

これは大人でもなかなか考えつかない&実行できなかったりすると思うので、我ながらすごい子供だなと感心しちゃいます(笑)。

 

もう1つ、子供らしからぬ行動が。それは、

電話でリーダーの子に電話し、「明日は遊んでね」みたいなことを言ったんです。すると思惑通り、次の日から私は対象から解除され(笑)、また別の子が餌食になるのでした。

このように、小さいながらに

・家に電話すれば、一対一だから、向こうも絶対無視しないだろう

・お母さんなど家のが電話を取り次ぐので、家族にいじめをしていることがバレるのではないかと恐れさせる

ということが分かっていたのです(多分)。

根回し力がこの歳で備わっていたのかと思うと、なんだか誇らしい気分です(笑)。

※この頃はもちろんまだ携帯電話などもなく、用があれば基本家電に掛けていました。よって、最初に電話口に出るのは親など大人の人。

 
中学校では下級生をイビル嫌なやつ

1個下の後輩が生意気で面白くない子にはいつも偉そうにして威張ってましたね。

私はテニス部だったんですが、運動部の生徒専用の更衣室があって、例えば出入り口の扉を開けさせるとか、後輩より絶対先に徹とか。

 

その中でも特に生意気な、歯向かってくる後輩がいて、その子をいつもライバル視してました。でも向こうも強いから怯まない^^;

完全に「お山の大将」状態でした。今考えると恥ずかしい…

運動部なので、多少上下関係とかあったとはいえ、周りの友達も楽しんでいたのもあり、ちょっと調子に乗ってました。

 

この頃からあったんですね、”序列の固定観念”。今でもこれは結構根強く残っていて、自分より年下や後輩から偉そうにされたりばかにされたと感じると変なスイッチ入っちゃう(笑)。こうゆう性格が災いして、産休明けに痛い目に合ったんですねぇ。

www.workingmom-power.com

 

 

改めて振り返ってみて感じた自分

客観的にこうして見てみると、私って「やんちゃ」「負けず嫌い」「序列に敏感」「器が小さい」などの印象を持ちました。

 

でも「男の子に負ける気がしない」と思えるのは、小学校くらいまでですよね。信じていたのに、結局体の作りの問題で、いつか「敵わないんだ」と現実を思い知らされる出来事が起きたします。

この葛藤が常にあったことを思い出しました。

「負けたくないのに、敵わない。まして大怪我などさせられたら困る。痛い。怖い」と言う思いに変化していったことを覚えています。

 

 

今は大人になって色んなことにビクビクしながら生きているけれど、子供の頃は自分という人間に誇りを持っていて、怖いもの知らずとも言うべきか、何でもできる!みたいな思いがどこかにあったような気がします。

 

 

 

次回の更新では高校生時代〜についてお話しします。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。