ワーママの華麗なる逆襲

時短勤務&営業職のワーママによる、育児や時短術・ダイエット等の体験談ブログ。息子は熱性けいれん持ちの虚弱体質(笑)。一人でも多くのワーママがハッピーになることが喜びです。

【もうこんな会社辞めてやる!】号泣し、私の心の支えになってくれた「マザーズハローワーク」

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こんばんは、営業職ワーママ、1児の母 まどか@workingmom_pw)です。

 

このページを開いてくださった皆様、訪問ありがとうございます。

この記事を読みに来て下さったということは、

・辛くて辛くてしょうがない

・現状をとにかく何か変えたい

・選択肢は退職しかないのか、迷っている

・こんな日々がこの先も続くのかと思うとうんざりする

・とにかく今の気持ちをどこかに吐き出したい

・吐き出したいけど、共感してくれそうな人が身近にいない

・孤独だ

・家族(旦那や親・義理親など)にも理解してもらえず、1人で抱え込んでいる

 

など、様々な状況に置かれているのだとお察しします。

本当に辛いですよね。

 

私も、本気で退職しようと、次の職探しまでの段取りと退職を申し出る日取りまで計画していた1人でした。

上司との関係が最悪な状態だったり、

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部署内で孤立してしまってました。

 

 

ですが、最終的には退職せず

続けています。

「あの時、踏み止まっておいて良かった」と素直に思う。

 

それは、限界ギリギリのところで状況が一変してくれて、さらに

前回の失敗を踏まえ改善しようと頑張りを見せたことで、新しい環境では良好な人間関係を築くことができたからでした。

 

順を追って、会社を辞めたいと思った原因は何だったのか、また、

踏み留まったきっかけは何だったのかをお話ししていきます。

 

 

 

私の失敗談・反省点

一般的に、ワーママで時短勤務となると、”お荷物的存在”というイメージでしょうか。

他の人がまだ働いていても・残業していても、定刻になったらさっさと帰るワーママ。

よく思わない人だっているでしょう。

世の中には、「ワーママと仕事したくない」とはっきり言い放つ人たちだっています。

 

それを考えれば、周りに常に「ありがとう」「ごめんね」という両方の気持ちを持って接することが、摩擦なく良好な人間関係で働く上で必要なことだと思います。

ところが…私はこうだったんです><

私に足りなかったものは、”謙虚さ”

はっきり言って、職場復帰した私は、自分でも甘かったと思います。

いまになってやっと、客観的に当時の自分のことを見られるようになりました。

 

でも当時は当時で、久々の仕事で頭が回らず(元々頭悪いし)、心なしか記憶力も低下(元々ですが)を感じていました。

 

で、心の何処かで「やりたくなにな〜」「めんどいくさいな〜」とか感じると、

防衛反応というかそれらをやらなくて済む方法として、ある意味息子をダシに

タスクから逃げていたように思います。

 

息子は体が弱いから、熱性けいれん持ちで気が抜けない子だから

子供って突発的に熱出すから、etc…

アドラーの考え方に当てはめると、「やりたくないタスクをやらなくて済むように、

その言い訳となる現実を引き寄せていた」のではないかと、今なら冷静に思えます。

 

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また、0歳の4月でないと保育園に入りづらいこともあり、わずか生後9ヶ月で保育園に入れたことが、可哀想であり、罪悪感が半端なかったり、そんな状況の自分も可哀想に思っていたり、、だったのかも。

 

そんな心理状態だったので、とても”周りに迷惑をかけながらも働かせてもらっている”という謙虚な姿勢を取ることができなかったのです。

 

ある後輩を怒鳴りつけてしまうという大失態

同じ部署の3個下の後輩(男)がいて、この子ははっきりって仕事のできるタイプではない上に、細々とした仕事が多く、結果的にボリューミーになり、手が回らない状況でした。

復帰した当初、私は営業として得意先(数字)を持たず、当面はこの子のフォローに回ることになりましたが、段々とその子の態度が目に余るようになり、関係が徐々に悪化していきました。

向こうの頼み方が雑で、私としては

「あんたが1人じゃできないから私が手伝ってやってるのに、その頼み方は何?!しかも私は先輩なのよ?」という気持ちが常にありました。

それに、私には“序列“を意識しすぎる嫌いがあり

「私の方が先輩なんだから、もっと敬うように頼むべきでは!?」

などと思っていました。

今思うと、ほんと心狭いし勘違いですよね…泣

迷惑行為反対!です(;>_<;)猛省しております…

 

そしてある日、そういった事が積もり積もって、部屋内に人が少なかったこともあり、ついに私がキレてしまったのです。

「あのさ、人にもの頼む態度にしちゃあんまりだよね?きっと、あなたは私が時短で仕事量も少ないから、面白くないんでしょ!?」

…どっひゃー(苦笑)ですね。はい。

言っちゃったんです。そしてこのやり取りを見ていた、別部署のだれかがおそらくチクって、翌日部長と課長に呼び出され、こっぴどく怒られました。

 

今思うと、なんて恵まれた状況だったのだろう。

にも関わらず、私、何やっちゃったんだろう。と、猛省するばかりです。

 

それ以来、その後輩はもちろん、部長からの風当たりが更に(元々強目だった)強くなってしまったことは、言うまでもありません。

 

有名な書籍で、「置かれた場所で咲きなさい」と言う格言がありますが、すーんごく身に染みます。ほんとに、この言葉の通りですよね。

思うように評価されない、思い通りの仕事を与えれらない、私こんなことする為に働いてるんじゃないのよ、などという感情は一旦捨てて、まずは与えれた環境・条件の元で

やってみる。そこで全力でまずやってみる。そう言うことですよね。本当に素晴らしい言葉です。

著者:渡辺 和子 

1927年2月、教育総監渡辺錠太郎の次女として生まれる。51年、聖心女子大学を経て、54年上智大学大学院修了。56年、ノートルダム修道女会に入りアメリカに派遣されて、ボストン・カレッジ大学院に学ぶ。74年、岡山県文化賞(文化功労)、79年、山陽新聞賞(教育功労)、岡山県社会福祉協議会より済世賞、86年、ソロプチミスト日本財団より千嘉代子賞、89年三木記念賞受賞。ノートルダム清心女子大学(岡山)教授を経て、90年3月まで同大学学長。現在、ノートルダム清心学園理事長。
主な著書に、『愛と祈りで子どもは育つ』『目に見えないけれど大切なもの』『美しい人に』『愛と励ましの言葉366日』『幸せのありか』『マザー・テレサ 愛と祈りのことば<翻訳>』(以上、PHP研究所)他多数がある。

 

孤独な日々

上述のような出来事があり、すっかり私は孤立してしまいました。

自業自得なのですが、やっぱり辛かったです。

 

家でも、主人には話しても共感してもらえず、そのうち「どうせ話しても無駄だ」と思うようになり、ますます寂しさが募りました。

  

唯一の心の拠り所となったのは家族、ではなく「マザーズハロワ」

 自分が100%いけないのだけど、この状況は精神衛生上良くない、と思い

転職を考えるようになりました。

手始めに、転職サイトの類にまず応募。

そして次に見つけたのは「マザーズハローワーク」。

ママに特化したハロワがあるんだ!!という感動と、割と近くに該当施設があった為

(日暮里)、早速行ってみました。

するとどうでしょう。そこの相談窓口のおばちゃんが、すごくいい人。

とにかく元気が無く落ち込んでいる私に、

「あなたはそんなに落ち込むことないのよ。とにかく無理して精神を病んでしまう方が怖いの。求人はこの通り子持ちOKの案件は沢山あるんだから、いつだって転職していいのよ」ということを言ってくれました。

もう八方塞がりだった私にとって、その言葉達は仏様のように有難いものでした。

 

赤の他人なので、逆になんでも話せる

ここが一番のポイント。気軽に話せる。

そして、やはりこういう施設のプロだからでしょうか、話を聞くのが上手だし、共感してくれる。無条件で受け止めてくれる。肯定してくれる。

もう、嬉しかったですね。感動しすぎてその場で泣いた記憶があります。

 

それ以降も、同じ方を指名予約してあーでもないこーでもない話したり、急ぎの時は電話応対もしてくれて、本当に私にとって精神安定剤的な存在でした。

 

 

もし、同じような状況や、身近に話せる人がいない、話を聞いてくれるだけですっきりするから、という方は騙されたと思って一度でいいので行ってみてください。

 

①世の中にはこんなに求人があるんだ

②辞めるのはいつだってできるんだ

という気持ちにさせてくれ、心が軽くなり、希望が湧いてきます。

全てのハロワに設置されているわけではないので、事前にチェックを。↓

ホーム | マザーズハローワーク東京

 

私がお世話になった日暮里のハロワ。

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どうしても気持ちが立ち直らないくらい沈んでいた時、何度も励まされた名曲

竹内まりあ「元気を出して」

最後のサビ部分で、キーが半音上がり

「人生は あなたが 思うほど 悪くない~♪」

のところ!辛い最中でこれを聞いた時、バスに乗っていたのですが、涙をこらえることができなかったのは言うまでもありません><

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退職を踏み留まったきっかけは“異動“

退職に向けて動いていた時期は、たまたま2~3月頃。

うちは3月が決算なので、期末でした。

そのため、4月からは新年度。人事異動が行われたわけです。
本当に運が良かったと思います。
 

最後に

 今回の記事は、かなり個人的な特殊なケースですので、途中の内容は共感できる部分がないと思いますが、とにかく私が訴えたかったのは、

”辛い時は1人で抱え込まないでね”

”話す相手がいないなら、こういう手段があるよ”

ということです。

 

やって(言って)みなきゃわからない

BRANDMATCH(ブランドマッチ)

また、先ほど「運よく異動できた」と言いましたが、実は3ヶ月くらい前に一度、役員クラスのお偉いさんに勇気を出して直談判していたのでした。

恥を承知で、「今の環境が辛いので、なんとかして欲しいです」と。

これも大きく働いたのではないでしょうか。

可能なら、こう言った手段も検討されてみてはどうでしょうか。

そうです、

もう、恥ずかしいとか、メンツが〜とか言ってられません。

生活が、精神が、命がかかってる重大な話なんですから。

 

皆さんのお役に立てれば幸いです。

お読み頂き、ありがとうございました。