ワーママの華麗なる逆襲

時短勤務&営業職のワーママによる、育児や時短術・ダイエット等の体験談ブログ。息子は熱性けいれん持ちの虚弱体質(笑)。一人でも多くのワーママがハッピーになることが喜びです。

【ワーママ・0歳児の体の弱さに理解のない上司】私の場合〜育休明けの怒濤の風邪オンパレード 中耳炎と熱性けいれん~

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今日はちょっと思い出すのも辛い内容です…
はぁ…気が重い(笑)
パワハラ上司に追い詰められた頃の話をします。

私が育休明け復帰したのは、2016年4月末。
息子が9ヶ月のとき。

それまではもちろん風邪など引いたことがなかった息子に、保育園スタートから、色々な病気をもらってきました。

そして、その都度、
【「母親は子供の小さいうちはそばにいてやるもんだ」の三つ子の魂神話を信じて疑わない、理解のない上司】
に頭を下げるはめになります。


それでは羅漢遍歴の順に話したいと思います。

 

 

1. 6月頭…RSウィルス感染&急性中耳炎&一度目の熱性けいれん


私自身が幼い頃熱性けいれんを複数回起こしてたので、遺伝したようです。

にしても、最初の風邪が、RSウィルスとは運が悪い。
一度かかると、その後も結構体調不良が続いてしまう。

しかも急性中耳炎で切開して膿を出すと言う、見てるこっちが泣きそうな可哀相なことがありました。

で、感染性の病気のときは医師の許可をもらえないと登園させられません。

ですので、そろそろ登園できるかな?と思った日でも、まず病院へ行って、その足で保育園へ預けて、やっとこちらも会社へ行けるのです。


その事を朝会社へ電話したら、何て言ったと思う?!
「で何時頃にこっち出てこれるんだ?
○○君(後輩)が今日頼もうと思ってた仕事があったのにって言ってるんだ。」

私はビックリして、もうそれはそれは既に泣きそうでしたけど、落ち着いて

「病院がそもそも9時からしかやってませんから、大体○○時くらいには…」とこたえると

「じゃあとにかく、出勤時間がわかり次第メールするように!」

内心、
えぇー?!
ってなったけど、
「分かりました」。

「俺にだけじゃなくて、Ccで部員全員にも流すように」

なに?!なに?!この意地悪の極みみたいなのは!!!!?????

もう、病院へ向かう足は完全に力が入らず、悔しくて悔しくて泣きながら向かいました。

で、約束通りメールもして、急いで出勤したのに、いざ着いてみると、仕事を頼みたいと言っていたという後輩は外出してるし、何の伝言やメモリアル等もない。

他の部員に聞いてみても、
「えっ、そうだったんですか?部長がそんなことを??」と、きょとんとした感じ。
「でも、私のメール、読んだよね?話聴いてなかったの??」
「メールは頂いたのは分かりましたけど、詳しいことは私たちはよく分からなくて。すみません」

みたいな。

もうこの時も、
内心キィィィィィーーー!!!!!!!
ってなってましたよ。

 

2. 7月末…二度目の熱性けいれんと、その検査のための一週間の入院 

この病院では、親が付き添いでの入院だったので、簡易ベッドみたいなのに息子と二人で寝て過ごす、というめちゃめちゃしんどいものでした。
ベッドが中学生くらいのサイズしかない。

日に何度か定期的に検温や回診、鼻水吸引(鼻水が出て苦しそうだった)をしに、看護士やらが来るので、折角寝付きそうなタイミングとかにバッティングしちゃうこともあって、またいちから機嫌を直して授乳して寝かし付けて…をしないといけない悪循環もしんどかった。

そして何より、
会社を一週間も休まなきゃならないだけでも辛すぎるし、自分自身も全っ然休まらない。

毎日仕事帰りに主人やたまに義母か寄ってくれて、だいぶ励みになったけど。
預金相部屋で、喘息かなんかの子もいるから、最後の方咳も出るようになっちゃって、退院が一日延びちゃったり。

あーもう、書いてて辛くなってきた…
もし
もういちど同じ頃やれって言われたら鬱になちゃいます。

で、
何とか退院でき、久しぶりに出社したときのこと。

部長から応接室に呼び出し。しかもなぜか私の3つくらい上の男の先輩も同席。

なに言われんのかと思ったら、

「お子さん、体弱いよねぇ。
社長に君のこと相談したら、休職を提案するように言われてねぇ」

すっごいショックだった。



はぁ?お金のために一生懸命保活して、入園の準備して、これまでも自転車操業で綱渡りの日々を息子も頑張って生きてきたのに、なに言ってんの?!お前ばかだろ?

それに、人の息子捕まえて、体弱い弱いって、うるせーんだよ!!!

息子の看護で休んだ次の出社日には必ず、回りの人に聞こえる大きめの声で、
「息子さん、環境厳しいんじゃないの~?」とか言ってくるし!厳しいかどうかはテメーが決めることじゃねぇよ!」

話戻しますが、「休職」はほんとビックリした。
保育園だってこんなに長い期間休職認めてもらえないし。最悪退園とかの可能性もあるし!

隣の先輩は、同じく小さい娘がいて、二人で話すときは、理解ある先輩みたいな感じで話聞いて共感してくれてる風だったのに。結局そーだよね。自分がカワイイもんね。
そして自分の嫁は専業主婦だしねー。

その先輩も同意なんだと重くなると、更に悲しかった。
(それがこの最低部長の魂胆なんだろうけど)



この部長、ボンボンで、自分の母親も、嫁も、専業主婦。だから、三歳児神話主義者なわけ。
私にも、
「何でそんなに体弱い息子を保育園に入れてるの?
あ、それとも、そういう環境に置くことで、くましく育てたい方針なの?」
だってー!

方針もくそもねーよ

お前の個人的な価値観おしつけてくんな!!

結局、休職はもちろんしないし、息子はその後もちょいちょい風邪を引いて休みましたが、なんとか異動するまで耐え抜きました。

異動が決まったのが翌年2017年4月。約一年。辛い辛い一年だった。

その間、ほんとに退職を考えてた。
ハロワ言って、相談員に、退職までの手続きとか、転職先の斡旋を頼んで色々応募してもらったり、精神科行ってシンダンショ書いてもらったり。

一番ピークが3月頃で、4月の人事で、何も怒らなければ退職!って決めてた。
でも、本部長などへ相談しておいたので、それがきいたかようで張れて異動。
なんとか退職は免れました。

元々、この部署(以下、A)に配属になったのは、復帰したタイミングでだった。
産休までは、別の営業部署(B)だった。

Bは、人もたりてるし、私の妊娠が分かるちょっと前に入った女性先輩がいたので、戻れなかったみたいで。

Aは、私が復帰する少し前に産休入る人がいて、人員不足だった。その人以外にも、有期契約者の退職があって、二人抜けたところだった。

そして7年ほど前にも、私がその部署にいたことがあるという理由で、配置された。
でも、元々から「人手不足」なところに、なぜ0歳子持ちの女を配置するのか?今考えてもムカムカする。

しかもしかも、Aには、これまで歴代女性先輩2人が、子持ちで働いてたことがあるが、どちらもこの部署を最後に辞めている。(時期は異なる)

そんなところに配置するなんて、
もしかして、
最初から辞めさせたかったんですかぁー?!と問いたい。

この記事書いてたらお腹痛くなってきた

体に悪いんだな…やっぱりこの話題(笑)

余談ですが、何も努力してないわけじゃありません。
病児保育は、当時はまだ0歳なので利用できなかった。
義理の姉に泣き付いて、なんとかしてもらったこともある。
ファミサポやベビーシッターは経済的じゃないし、主人が嫌がった。

そして大きくなってくるにつれて、だいぶ丈夫になりました。
私たち夫婦も、色々慣れてきて、危ないときは予め予測して動くとか、耳鼻科に週に2回のペースでかかって、予防したり。


この記事を描いた理由は、捌け口にしたかっただけではなくて、同じような経験をされた人や、まさに今苦境に立たされている人がいたら、
「私だけじゃなかった!」と、少しでも励みになればと思ったから。

子供がいて働いてると色々ありますが、今のところ、働くことをやめる気はありません。

もちろん、将来の年金問題のために今のうち蓄えておきたいというのもありますが、自分の性格上、専業は向いてないと思ってます。

実際、産休育休中も、合わなくて合わなくて。
社会から離れてってしまってる、なんともフワーッと浮いた感覚が嫌で。

一番大きいのは、母も働いてきてるってことかな。今も働いてます。自営ですが。
どんなときも、毎日お弁当・洗濯・掃除をして、会社へ向かう、そんなたくましい女性像をずっっと見て育った為か、兼業主婦になることに微塵の疑問も抱きませんでした。

やっぱり母は強し、ですね。
みんな、子供が小さいうちは大小の差こそあれど、何かしら板挟みに苦しみ乗り越えて、今があるんですよね。

同じ兼業主婦の先輩(もう子供が巣立っているような世代)に話すと、凄く共感してくれて、思い出して泣いてくれる人もいます。
 

そうゆう人、大事にしつつ、見習って頑張っていきたいですね。

今の部署が、いかに恵まれてるか、書いてたらいて改めて思いました。
もっともっと現状に感謝して、その気持ちを忘れずに、幸せな気持ち満タンで頑張ろう、と誓ったのでした。